by 田尻よしひろ
味噌天神例大祭

全国で唯一、味噌を祭る味噌天神。
今日は今まで見たこともないくらいの人達が、朝から数百メートルにも及ぶ行列をつくっていた。
味噌組合の方達が奉納したお味噌を参拝者に配るので、ありがたいお味噌をと朝早くからの行列だ。
いつもの倍は長かったろうか・・。
私も崇敬者代表で玉串を奉天をあげさせていただいているこの祭では、用意された味噌350袋今年は+アルファもあっというまに無くなったそうです。
また境内ではみそ汁・だご汁・あま酒が振る舞われ大賑わいでした。
味噌天神の由来は、
肥後の初代国司・道君首名(みちのきみのおびとな)の時、悪疫 が流行して多くの人が亡くなりました。そこで国司は、疫病平癒祈願のために、現在の神藥の神として『御祖天神(みそてんじん)』を祭祀し、疫病をおさめました。
741年(天平13年)聖武天皇の勅令により、諸国に国分寺が置かれました。肥後国分寺は、現在の熊本市出水町に建てられ、寺の僧侶や信徒は朝夕の食事によく味噌を用いていました。その味噌倉は現在地(大江本町)の近くにありました。
ある年、多量の味噌が腐敗し困り果てた僧侶達が御祖天神に祈願したところ、神のお告げがあり『境内にある小笹を取り味噌桶の中に立てよ』とのおぼしめしがあり、その通りのことをすると不思議なことに味噌の味が良くなったのでした。人々は大喜びし、ますます信仰をたかめ、日本で唯一の味噌の神として『味噌天神』の愛称で広く知られるようになりました。
学説では、天神の御衣を納めた『御衣天神』であろうとされています。熊本大空襲で全焼してしまいましたが、1957年(昭和32年)に再建されました。建設地名から『本村天神』とも呼ばれています。10月25日が例祭日です。(この味噌天神宮の由来の文章は、味噌天神宮総代が書かれた文より引用)
